ネットビジネスでは企画時点で成約を確定させる仕組みがあります

企画段階で売れる事を確定させる小資金戦略
休日会議Vol.003 【商品を作成する時点で売れる事を確定させるビジネス】 2014.05.11(Sun) 
話し手:菅(菅智晃)/ 小川(小川健太)  17分17秒  【第3回の対談音声はこちら

企画段階で確実に売れる商品を作る方法

・全財産3万円で独立してからの1年間。
・自分のために人はなかなか頑張れないという発見。
・モチベーションという概念がない理由。
・出版社の在り方をミクロ化して個人に置き換える。
・最初から売れる事を確定させる取材モデルの片鱗。


“小川健太”
第3回目となりました!今日は菅さんが起業して1年目について、あまりお話したくないと思うんですけど、ブレイクする前までのお話ですね。魔の1年間ぐらいの話をちょっとお聞きしたいなと!
魔って(笑)書籍やセミナーで「全財産3万円から起業した」という話をしていたけど、実情はさらに2万を食費に使ったので実質1万円スタート。お金がないのにさらになくなっていくみたいな(笑)。でも、インターネットがあれば商圏は一気に広がるし、良い物を提供すればお客さんが来て売れる!と楽観的に考えていました。当時はすごく漠然としていて、自分で商品やサービスを作ろうと思っても何も思いつかず、売るものがありませんでした。ということでクリック広告で当時1クリックで120円とかもらえるのあったので、まずは手を動かそうと始めました。

この時点での救いは楽観的である事と、手を動かそうという行動前提であった事くらいかな…。

“小川健太”
えっ!アドセンスとかじゃないバナー広告ですか?
うん、2000年頃には結構盛んだった思う。バナー1クリック40円、50円とか。それをちょっとやってみようかなと思ったんです。何も思いつかくて、とりあえず手は動かしたかったというのもありました。モバイルサイトの広告利益は最初に5〜6万はいきました。これは年商6万円だった次の年の出来事です。でも面白いなぁとは思えなかった。

起業当初はお金を稼ぐ事だけを考えていたはずなのに、お金だけでは動けない自分がいた事に逆に驚くくらい。僕は楽しくないと続かないと気付きました。作業はまるで孤独で…。パソコンの前に向かって、社会とはバタっと壁を作って黙々とやるのが好きな方もいると思うし、1つの在り方だとは思うんですけど、僕はもう誰かと喋りたくてしょうがなくて。

そのうち、ビジネスモデルを考える事に時間を費やして、携帯のほうは段々やらなくなった事もあって、だいたい月収が3000円〜5,000円くらいをウロウロしていました。もう食費とか言ってられない感じだよね(笑)友達の家に行ってご飯を食べる、友達の家に行って風呂入る!そんな生活を続けてたけど、苦しくはなくて楽しいんです。逆に友人が苦しかったでしょう。なぜ午後7時にお前はいつもうちに来るのかと…(笑)

“小川健太”
え!苦しくはなかったんですか?
うん、まったく苦しくはないんです。自由に舵を切れるというワクワク感は常にあったし、やっぱり可能性のほうを強く感じてたというのもあります。後は何とかなるという根拠のない自信!どんな時も最悪のことを想定はするけれど、何とかなるなとずっと思いながら続けていました。

例えば、今まで健太もすごい色んな悩んだことがあったと思うんだけど、全部何とかなって今があるでしょう?それならこの先も多分何とかなる!そういうところで淡々と続けて、1年はほんとに結果出なかったけど、その理由は全部自分でやろうと思ったからです。自分にない知識を他から借りるとか、そういう発想がありませんでした。

強いて言えばGoogle先生が師匠なわけで、1年間で検索スキルはすごく上がったかなと。このスキルさえ上がれば、大抵の事はピンポイントで調べる事ができる!実体験の中で少しずつ学んでいきました。

“小川健太”
なるほど!もし起業当初の菅さんにタイムスリップして一言だけ伝えられるとしたら、何を伝えますか?
一言だけかあ。「人をどんどん巻き込もう!」ということかな。人をドンドン巻き込む!結局自分1人だとサボっちゃうんです。たとえば、親から「あなたのためなんだから勉強を頑張りなさい」とか言われてもピンと来ません。自分のためならサボろうと(笑)

でも、そこで気付いたんです。意外と“自分のために人は頑張れない”と。前回の時も話したけど、勝手に目標人物を決めて「この人に必要とされるために頑張る!」とか、何か理由をつけて、第三者をを引き合いにした方が俄然気力が湧いてきます。家族がいれば家族のためにと思える人もいますよね。“第三者のためなら頑張れる”ということが分かった以上、ガァー!っと巻き込んで責任を負って「この人たちに喜んでもらおう」という発想になるわけです。

そこからは、必要とされるというより喜んでもらおう、そして喜んでもうためには面白いオファーがいいんじゃないかとか、こんなサプライズをしたらいいんじゃないかとか、僕のビジネスの主軸になってるものに繋がっていきます。

“小川健太”
なるほど!それを起業当初の菅さんに話をしたときに、理解できると思いますか。
なんだその質問!(笑)お金を稼ぐという目的だけでは、漠然としていてなかなか動けない。これだけビジネスの在り方が多様化している今、この部分を早期に気付かせたいけど、起業当初の僕には響かないと思います。でも、作業はすべて自分でやるとしても、第三者の知的コンテンツを借りるという部分はある程度気づかせたい。

結局僕はコンビニの情報誌とか某上場企業の会社がアンケートで利益を出しているモデルを見ていてチャンスに気付きました。必ずしも自分の知識で勝負する必要はないと。だったら自分で企画を立ち上げて、アンケートを取って、それを欲しいと言ってくれる人がいるんじゃないか。自分の知識に拘って商品化するわけじゃなく、第三者の意見をまとめるキュレーションの役割を果たす。

出版社も著者に依頼して専門書を出していますよね。出版社という形態をミクロ化して自分に置き換えても、可能性は大いにある!なのでアンケートや取材を通じてどんどん巻き込む。1人でやろうとすると、おそらくサボっても全部自分の責任なのでサボり続けていたと思います。モチベーションが下がる経験は一度もないけど、自分のためという部分では琴線が触れないことは小さな事だけ大きな発見でした。

“小川健太”
1年間伸び悩んだ時期があっても、そこでモチベーションが折れなかった理由は、やはり可能性という部分ですか?
いや、それだけじゃないです。まず就職という選択肢が最初からありません。あとは“モチベーションが続かない”って話があるじゃないですか。それが僕にはありません。たとえば会社を経営してる人がモチベーションが続かなくて…と言っている姿は想像がつかないよね。

だから、そこで悩む人達は厳しい言い方すれば、覚悟が足りないんじゃないかなと。モチベーションどうこうが浮かんで来るっていうのは、僕はそういう印象なんです。だから下がることはないし、プロとしてやっていくって決めて、まあ1年間はなんかユラユラしてたんで、あれだったけど、そんな中でも自分は小さいお城どころか4畳半ぐらいの畳だったけど、これでも“僕は経営者だ”という自覚を持って覚悟を決めてた部分はありました。

選択肢に就職がなかったので、この辺はこういう考え方がいいよとは言えない部分ではあるけど、僕がモチベーションの悩みを抱える人を説得出来ないのはそこかもしれないですね。うちに集まる人たちはモチベーションの固まりだけれど、下がるという発想がそもそもなかったっていうのが正直なところですね。

“小川健太”
暗黒の1年間を経て、そこから抜け出したキッカケの話までしてもらってもいいですか。
暗黒とか闇とかさっきから…(笑)僕はテクニカルなノウハウって好きなんです。当時もインターネットでいくつか出ていて、でもそこをかい摘んだところで活かせなかったわけです。やはり基盤があってこそ、小手先のテクニックが活きるという事を体感して、まずテクニックを追うのをやめました。

当時も自己ブランディングが流行っていて“自分の名前を売っていく”ような流れはあったんだけれども、そこにも興味を示しませんでした。自分の名前ありきだと、替えが効かないビジネスを作ることでもあると。その後は自分の名前でビジネスを作り、継承していくという流れに行きつくわけですが、当時は色々ばっさり切り捨てました。

僕は自分に特別なスキルもなければ、知識も人脈もお金もない。なので、企画を作ってアンケートを集めて情報誌として売る。こうしたプロモーターみたいな立ち位置であればイケるんじゃないかと思ったんです。そこで何のアンケートを集めようかなと考えてた時、“友達に単語”をひたすら挙げていってもらうというのをやりました。これが転機となります。ふっふっふ!

“小川健太”
あ!大学時代からの友人の隼さんですね!
うん、親友の隼君なんですけど、彼に「何でもいいからキーワードをちょっとずっと言ってくれない?」と電話越しで話をしていて、ふと“ネットアイドル”という言葉が出てきました。その当時は月間検索数が簡単にパッと調べる事ができたので、月間検索数7万件って凄いなと。彼女たち1人1人はホームページを持っていて、既に固定のファンがついている事がわかりました。「これだ!」と。

彼女たち1人1人に取材して1冊の情報誌にすれば、個々のファンは全員自動的に濃い見込み客になります。検索エンジンの上位表示も必要ないし、彼女たちがトップページで「情報誌が出ました!」と宣伝してくれたら、何よりも濃いアクセスが集まってくるわけです。たとえ販売ページがどれだけ素人臭くても、彼女達の認知、信頼という第三者の声で売れる。これしかないと思ってやってがむしゃらにやりました。

最初は企画のお誘いをしても怪しいってことで全然返事が来なかったけれども、何十件かメールを送ってるうちに、1人が「参加してもいい」となったんです。最初のフォロワーの存在は果てしなく大きいです。その後メールでは「この人も参加表明されています」という形で名前とサイトURLを載せていきました。これがどれだけ心強いか!「あっ、なんか知らないけどこの人が出てるなら」という流れが連鎖して45名まで集まったんです。

“小川健太”
すごいっ!最初の1人目が鍵だったんですね。
間違いなく鍵でした。上手くいった理由の1つは僕も覚悟を決めたという事。自分の事ならどこまでサボっちゃうので、人を巻き込む事でまったなしの状態にしました。さらに履歴書をWeb上にアップして、小学校卒業から原付き取得とか、電話番号とか、全部アップしました。さらにさらに、オファーかける時には、発売日も決まってないけど発売日も明記しました。なんとイケテル追い込み方でしょう♪

僕のプロフィールのURLを差し込んで、日記の感想を書いて、丁寧に送っていったら響く人は響くと。今まではお知らせみたいな感覚で、不特定多数に送っているようなメールだったわけです。デジタル化の中にあるアナログ要素って大切で、その中でも代表格がメールです。メールっていうのは1通1通送るのが基本だなと勉強したのもそこですね。参加者さえ集まれば、もうあとはアンケートを送って、オリジナルの写真を添えて返信してもらって、それを僕がPDFにカタカタまとめてまとめる。500ページはありました。それを最初2800円でCD-Rに焼いて販売しました。CDのジャケットはプリンターでジコジコ作って発送!結果めちゃくちゃ売れたんですが、この方法は10年経った今でも様々な形でコンテンツ作りに役立っています。

未だに起業家対談を収録して、その対談相手に告知してもらって売上を立てるみたいな事もあります。ずーっと不滅で使えるノウハウなので、有料無料問わずコンテンツ作りにはお勧めです。また、売るものが「ノウハウでなければいけない」と思う人が多いけど、僕が制作したWEBタレント情報誌はノウハウじゃありません。コンビニに並んでるような情報誌のスーパーニッチ版みたいなものだったんで、ノウハウに限らず、“コンテンツは売れるし、価値は創出できる”っていう目線を持っておくといいんじゃないかと思います。

“小川健太”
おお〜!理解しました!今回もそろそろ良い時間となりましたので第三回はこれで終わりにしたいと思います!ありがとうございました!
ありがとうございました!

 

 

 

 

企画段階で売れる事を確定させる小資金戦略

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ABOUTこの記事をかいた人

株式会社アイマーチャントの代表取締役をはじめ8社の役員を務める経営者。 小資金戦略の第一人者として顧問コンサルティングでは、未経験者が7割を超える中、過半数が経営者として独立。2003年、個人インターネットビジネス黎明期より資金3万円で独立し、多岐に展開出来るビジネスモデルを構築。自社が得意とする6つのモデルを基軸に、独立起業の登竜門としてコンサルティングとプロデュースに従事。 著書「小さくて強い会社の作り方」「メール起業40の成功法則」